鳥飼八幡宮のルーツを辿る旅です。
本殿は400年以上前に再興された淡路最古の建築遺構であり、由緒は西暦800年代に京都の石清水八幡宮の鳥飼別宮として造られてと言われています。
なぜ、淡路の田舎に別宮が造られたのか、疑問が解ける訳ではないですが、石清水八幡宮に正式参拝できるチャンスがあり訪問しました。御所の裏鬼門を守護する神社として、大分の宇佐神宮から分社されたとのことでありました。修復には徳川家が関わっており、葵の御紋が隠されていたり、織田信長公が寄贈したと言われる「金の雨樋」や左甚五郎作(一説)と伝わる「目貫きの猿」の彫刻があったり、通常の参拝では知ることのできない新しい発見がありました。
更にルーツは宇佐神宮にあるとのことでしたので、令和元年初日に参拝してきました。今回は当然正式参拝ではありません。何か判った訳ではありませんが、取り敢えず元を辿ってきました。機会を見つけて少しずつ鳥飼別宮が建立された理由を探って行ければと思っております。
<鳥飼八幡宮 所在地>
当社研究所のすぐ近くです。